Puchiko's Challenge! ~崖っぷちからの快進撃‼~

40代、バツイチ、子持ち、失業を持ち前根性で乗り越えるブログ

自分の道を突っ走れ!(1)

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Puchikoです。
…また、少し間が空いてしまいました^^;

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その間に、娘の受験が終わり、無事高校を卒業することが出来ました。

とてつもなくマイペースで、感情の起伏が激しい娘…。感受性が豊かなのは良いけれど、その感情に振り回されて全く生活態度がダメダメだった娘…。だらしなさ過ぎて、私もそんな彼女に振り回されてしまう…そんな6年間。

 

この子がこんな日を迎えることが出来るなんて誰が思ったであろうか…という位、

苦労が絶えなかった中学、高校時代。

でも、これでとりあえずひと段落です。

去年に引き続き、今年も卒業という節目を迎え、Puchiko家に大きな転機を迎えています。

6年間地べたを這った学生時代

Puchikoの娘は公立の中間一貫校に通っていました。

 

結構な進学校でありながらも、自由な校風が魅力的な学校。

 

そんな学校に入りたいと言い出したのは小学校6年生の春。

 

もう既に周りは受験準備を始めていて、今からでは遅いのでは…といわれる時期。

遅いんじゃないか?今から受験なんて良いのでは?という親とはうらはらに

何故か娘の意志は固かった…。とは言っても、親的には今からそこまでガリガリ勉強…というのもどうか、途中で息切れしてしまうのではないか…という事で、とりあえず近所の塾(歩いて3分!)に通わせて様子を見ていたんです。

そんな(親的には)緩い感じで挑んだ受験でまさかの合格。

 

合格掲示板に、娘の番号があった時の衝撃は今でも忘れられなくて…。

 

でも、それが運の分かれ道だったのかもしれません…。

 

何年も受験勉強した子が落ちて、娘みたいな緩い気持ちで受けた子が受かった…。

もしかしたら、娘にとっては「こんなもの」と思ってしまったのかもしれない。

 

地元の歩いてすぐの小学校から電車に乗っての通学は、刺激が多すぎて、一気に楽しい事を覚えてしまったのも災いしたのか、娘は入学してからどんどん成績が下がり、最下位に近い状態に。

 

朝も弱い彼女。朝早く起きることが出来なくて、遅刻することもしょっちゅう。最初は緊張感からそれでもギリギリに到着位な感じで通学していたけれど、中学だけではなくて高校も同じ場所、同じ人に教えられると(学年の担任も基本的に6年間同じ人な訳で…。)慣れが生じてどんどん遅くなって、酷い時には最後のホームルームしか登校しない…なんてことも。

 

学校自体は楽しい。無茶苦茶楽しい。部活も学校行事も人一倍頑張っていた「けれど」、それ以外、本業の勉強はというと全くといってしなくて、高校早々から「退学」の文字がチラホラと浮かぶようになってしまいました…。

 

卒業出来ないかもしれない…。

そんな彼女の素行を心配し、私は毎学期毎に先生に呼び出されました。

…生活態度がなっていません。

…注意すると素直に言う事は聞くのだけど、提出物の締め切りも出さないわ、遅刻は多いわ…、テストの点数も赤点に近い状態で高校になってから大変ですよ…。と学校入学当初から早々に注意を受けるも、娘の態度は直りません。

 

 

当時はまだ結婚状態だった元・旦那はそう言う事には無関心(表面上は気にしている「風」を装っているけれど、 何をしようとする訳でもなく、公立の学校の授業料でさえも払ってくれない始末だったので)だし、近くに住んでいる私の母親は、親の育て方の問題だというし、一人でただただ悩みを抱えていました。

 

高校になると、不安が現実味を帯びてきます。

 

…とうとう成績に「1」という数字が出て来ました。遅刻も前にもまして多い…。

先生からは「部活を辞めなさい」「学校行事の委員を辞めなさい」と最後通告のように忠告を受けます。それでも「それを辞めたら何のために学校に来ているのか分からなくなります!」と断固拒否して、成績がどんなにひどくなろうとも続ける娘。

ハラハラする私…。

結局、先生の反対を押しのけて、高校3年生の夏まで部活を続け(運動部の主将をやっておりました。)、学校行事の立て看板はもれなく彼女が作成し、クラスTシャツをデザインし…と他の子が受験準備を始めてからも存分に学校生活を味わいつくした娘。

それでも、後1単位足りなかったら卒業出来ないね…という状態で、何とか卒業させて頂いたのは、ひとえに先生方の努力の賜物⁈だったのでは…と思ってみたり^^;
(先生、本当ごめんなさい!)

卒業式にはみんなにからかわれたそうです。「どうする?実際には卒業証書授与の時に名前を呼ばれなかったら…?」って。(笑)

 

進路はどうするの?

そんな彼女だから、「大学」自体もほとんど考える事が出来なかった訳で…。

高校2年くらいになったら、話はチラホラと出ては来るんだけど、我が家ではとにかく「卒業」だけはしよう!を合言葉に…^^; 汚い、散らかった部屋を片付けて、人間らしい生活を送って、学校にはきちんと通おう、規則正しい生活を送ろう、テストの点数が悪くても良いから、提出物は絶対に期限内に提出しよう…(小学生か!)という本当に基本の基本の事ばかりを滾々と言い続ける私。…でも、こういう基本の事って完璧にこなすのって案外難しいんですけどね^^;

…そんな感じだったので、進路なんてなかなか考えることが出来ない私達親子。

文系?理系?うーん、どっちも難しい…。(だって勉強していないのだから。)

将来何をやりたい?

それからそれから…。

 

彼女の気持ちはくるくる変わります。

 

高校に進学する時に離婚したPuchiko家ですが、その前も家の中がゴタゴタするわ、私が倒れるわ…という事があったので、心を学びたい、心理学を勉強したい…と言っていた彼女。…それも良いかもね、と心理学科がある大学を考えてみた事もありましたが、それもどうも難しそう…。だったら何やりたい? 何が出来る?

うーん、うーん…。

そんな感じで悩みに悩んで、気が付いたら高校3年生…。

 

「私、やっぱり美術方面に進みたい」

…そんな言葉が漏れ始めたのがこの頃。

美術部じゃないよね?イラストとか、学校行事の看板とか、そういうのはいつも作っていたけれど、でも本当趣味の域だよね?

そんなんで大学に入れるの?

でも、彼女の一番得意とするのはこの分野なのかもしれないな…。

デザインとかだったら得意は得意かもしれないし、まだ望みはあるのかもしれないな…。

そんな事が固まり始めたのが夏前。遅すぎる進路決定でした。

 

しかし、そこから驚きの一言が。

「私、デザインじゃなくて、油絵がやりたい。ただ綺麗なもの作るんじゃなくて芸術やりたい!」

 

福沢さんが飛んでいく~

美大に行くとなるとですね、お金がかかる訳ですよ…。

単純に絵を描くだけで、画材代がかかります。

美大に行くとなると、それ用の予備校に通ったり、家庭教師に教えてもらわないとなりません。(本来なら何年もかけて絵の基礎を学ぶ訳ですね。)

そこまでのお金なんてない!

そこまでの時間なんてない!

 

どうするどうする?

 

とりあえず、娘の先輩が通っていたという美大専門の予備校を紹介され、そこに話を聞いてきました。体験授業を受けて、今の彼女のスキルを見てもらい、学校の説明を受けます。

 

講師の先生曰く、娘の絵は天真爛漫で、色々考えてはいるのが分かるものの、それが嫌味になっていない絵だとの事。ただスキル不足は否めないから、そこをこれからどれだけカバーできるか…というのが課題だと。とりあえず、受験最後の集中講座があるので、そこに入って出来るだけの事はしてみましょう…。という事になりました。

 

…そこにのしかかる授業料。そして画材代!

…こんなの払いながら、私、生活していけるのか?

どうする私⁈

 

…次回に続きます…。

 

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